「最も大切な一つのこと」

「しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」 (ルカ10:42)

〔読者の皆さん、このメッセージの緑色の文字は力強い祈りとなっています。ですから、どうぞ、あなたをお造りになった全能の神に向かって心を開き、真心込めて心から大きな声で神に祈ってみてください。そうするなら、神はあなたの人生に奇跡を行なってくださいます。〕

「全能の神様、上の聖書のことばは『私にとって、何よりも大切なことが一つある。』と告げています。ですから、どうぞ、御霊を遣わしてくださってその最も大切なその一つのことを私にはっきり教えてください。私は、私をお造りになった真の神様に今私の心を開きます。どうぞ私にその最も大切な一つのことを教えてください。アーメン。」

すべての人にとって最も大切な一つのものとは、主イエス・キリストです。なぜなら彼は世の救い主だからです。 「私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。」(Tヨハネ 4:14)。また、私たちはすべて罪人で、救い主を必要としているからです。「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず...」(ローマ 3:23)

創世紀3章を見ると、神が創造なさった最初の二人、アダムとエバが神に逆らって罪を犯したことが書いてあります。さらにローマ5:12ではアダムとエバの罪についてこう記しています。

「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、・・それというのも全人類が罪を犯したからです。」 (ローマ5:12)実に私たちは一人残らず、造り主でいらっしゃる神に対して罪を犯しました。

大勢の人はその事実を否定し、自分は罪人ではないと主張していますが、あなたもその一人かもしれません。もしそうだったら、それはあなたが心からそう信じているからかもしれません。あるいは、そうに違いないと信じ込もうとしているのに過ぎないのかもしれません。どんな理由にせよ、あなたが自分は罪人ではないと主張するなら、あなたはそのような主張に対して神がおっしゃっている二つの最も大切なことを知らなければなりません。

「もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。」 (Tヨハネ1:8)

あなたはそう言うことによって自分自身を欺いているのだと全能の神はあなたに警告していらっしゃいます。また、そう言うあなたのうちには真理はない、ともおっしゃっています。私たちは他の人に欺かれるだけでも十分悲劇的なことです。しかし、それ以上に人が自分自身を欺くのは大変な悲劇です。彼はそうすることによって自分に対して罪を犯していると同時に自分を被害者ともしていることになるのです。自分自身に対してそのような罪を犯すとは何と嘆かわしいことでしょう。ですからそのことをよく考えてみてください。どんなことがあっても、そのような過ちを犯すことがないようにしてください。

「主なる神様、あなたの警告によって私を霊的眠りから目覚めさせてください。私が自分には罪がない、自分は罪人ではないと言う時、自分を欺いているに過ぎないということを知ることが出来るよう助けてください。自分自身の言葉によって自ら欺かれるという悲劇的な愚かさに気づかせてください。私が自分自身に対して全く正直になって、自分の本当の姿を悟ることが出来るよう助けてください。アーメン。」

私たちが自分には罪がないと主張して自分自身を欺くことは非常に悪いことです。しかし、さらに悪いことがあるのです。Tヨハネ1:10を見てください。 「もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。」

自分は悪いことを一つもしたことがないなどと主張するのはやめてください。そのようなことを主張することは神を偽り者とすることになります。それは非常に恐ろしい罪です。 「たとい、すべての人を偽り者としても、神は真実な方であるとすべきです。」(ローマ3:4) 神はいつも真実なお方です。神は私たちはすべて罪人だと断言しておられます。ですから、神がそうおっしゃっているというので神を偽り者と非難することは最も恐るべきことです。私は皆さんに警告しますが、皆さん、そのようには考えないでください。

「主なる神様、どうぞ、私が神様を偽り者などと言って非難することが決してないように私を助けてください。私が神様の御前において罪人であるということをはっきりと悟ることができますように助けてください。そして私の罪をはっきり示してください。私が神様や人々に対してどんなに悪いことをしてきたか、どうぞ私に教えてください。ア−メン。」 

私たちは罪を犯したことがないと言って、神様を偽り者とするという大きな罪を犯しているだけではありません。そのことによって自分に不利益をも招いています。 「もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。(Tヨハネ1:10) 私たちは誰でも心のうちに神のことばを蓄える必要があります。神のことばは私たちが従順な神の子どもになれるよう私たちを造り変えてくれます。

「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。」 (ヘブル4:12) 神のことばは生きています。聖書のことばはすべて現在も生きていて私たちの心とたましいを刺し通し、堕落した罪深い人間の心とたましいを造り変え神が望まれるような心に変えてくれる力あるものです。新生する(新しく生まれる)には、神の子になる必要があります。しかし、もしあなたが神を偽り者とするなら、神のことばはあなたのうちにはないと聖書のこの箇所ははっきりと言っています。もしそうなら、あなたを永遠の地獄から救う神の新生の働きはあなたの人生の中で始まりません。それは何と希望のない、恐るべき状態でしょう!

私たちの心とたましいの中で絶えず力強い働きをなす神のことばは私たちの心のいろいろな考えやはかりごとを正しく判別し、その真の姿を映し出してくれる唯一のものです。あなたの心に生きて働く神のことばがとどまっていなければ、心のいろいろな考えやはかりごとを正しく判別することはできません。その結果、あなたは自分の心とたましいの真の姿を知ることがなく、全く欺かれてしまうことになるのです。ですからそのことをよく考えて、自分は罪を犯したことがないなどと決して言わないようにしてください。

10節には、もし私たちが罪を犯したことがないというなら、神のことばは私たちのうちにないとあります。そのことを心に留めながら、8節のみことばをもう一度よく考えてみてください。 「もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。(Tヨハネ1:8) 「神のことば」とは「真理」と全く同じです。「あなたのみことばは真理です。」(ヨハネ17:17) Tヨハネ1:1は、「もし、私たちが自分には罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにない。」と言っています。そしてそのような自己欺まんの原因が8節に記されています。「真理は私たちのうちにありません。」

友よ、どうか私の言うことに耳を傾けてください。あなたは神のことば(真理)を心に宿さなければなりません。それはあなたのたましいと心を刺し通し心のいろいろな考えやはかりごとを判別します。そうしなければ、あなたは自分自身を欺くという悲しい結末を迎えることのなるのです。

神の敵である、悪魔はあなたがこの世の生活を終えたとき、あらゆる手段を尽くしてあなたを地獄に送ろうとしているのです。彼はあなたを破滅に陥らせようとしているのですから、あなたの敵でもあります。それも非常に強い敵です。しかし、もしあなたが自分には罪はないと言うなら、あなたにとって悪魔はそんなに悪い敵ではありません。あなたは神のことば(真理)を締め出すことによって、自分自身をもっとも悪い敵にしているのです。神のことばはあなたがどんなに悪い罪人であるかあなたに示し、あなたの心のいろいろな考えやはかりごとがどんなに邪悪であるか明らかにしてくれるのです。そのようにして、あなたをだまし、あなたが神の前に見失われた者で、永遠に消えることのない火と硫黄の燃える地獄に向かって歩んでいるという事実を覆い隠そうとしているのです。あなたが神の前に罪人であるという真実を否定して、自分自身を欺き、破滅に陥らせるようなことはどんなことがあっても避けてください。

「主なる神様、あなたの聖なるみことばが私の心とたましいに入るのを妨げるものが何もありませんように。そしてみことばが私を変え、私の人生を御心にかなうものと造り変えることがどんなに大切なことか私に教えてください。あなたの永遠のみことばがどんなに力強いものか私に示してください。私の中にみことばがないなら、私は御前に見失われた者であり、どんなに希望のない者かはっきりと教えてください。あなたのみことばに対して心の扉を閉ざそうとする領域が一つも私の心にないようにあなたの偉大な力によって、私を守ってください。私があなたのみことばにいつも心を大きく開き、熱心な心でそれを受け入れることができますように、私を助けてください。全能の神様、私はあなたが偽りを言う方ではないことを知っています。私はあなたが私を罪人とお呼びになる時、あなたが真理を話していらっしゃることを知っています。今、自分が罪人であることを告白しましたから、どうぞあなたの生ける力強いみことばを送ってくださって、私の心の奥底まで刺し通してください。そしてあなたが私の人生のために定めていてくださるご目的が何の妨げもなく果たされるようにお祈りいたします。あなたのみことばが私のたましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通しますように。私が自分自身を欺くことがないように、あなたのみことばによって心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができますように。主なる神様、私は今あなたに対して私の心を開きます。ですから、あなたの生ける、力あるみことばを送り、大きな働きをなしてください。主なる神様、そうしてくださることを感謝します。アーメン。」

私たちの人類の始祖である、最初の人間アダムとエバが罪を犯して以来、人間はすべて罪の性質を持ったものとして生まれるようになりました。その結果、すべての人が生まれた時から罪を犯すものとなったのです。 「悪者どもは、母の胎を出たときから、踏み迷い、偽りを言う者どもは生まれたときからさまよっている。」(詩篇58:3)

全世界は神の前に罪あるものとなりました。 「さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。」(ローマ3:19) 罪ある人類は神から離れ、失われた存在となってしまいました。ローマ3:9-23にすべての人が罪深い状態にあるとはっきりと書いてありますが、その事実に目を留めてください。

あなたは自分はそんなに悪い人間ではないと考えているかも知れません。でも同時に100%は完全ではないということも知っているでしょう。誰でも嘘をついたり、人をだましたり、憎んだりすることはよくないということを知っているのに憎んだり、汚れた思いを抱いたり、不道徳な肉の欲望に駆られたりします。もしあなたが私たちのために書かれた聖書の中の多くの神の命令を注意深く読むなら、あなたはこれまでの人生のどこかで、それらの命令をすべて破っているということを容易に知るでしょう。神のみことばに対する不従順が罪なのです。 「罪を犯している者はみな、不法を行なっているのです。罪とは律法に逆らうことなのです。」(Tヨハネ3:4)

ここに書かれている律法とは聖書の中のたくさんの神のおきてであり、命令です。このメッセージを書いている私も確かに罪人です。私も他の人と同じように神に対して罪を犯しました。ですから、私も他の人と同じように救い主、イエス・キリストを必要としています。

神がアダムとエバを永遠に生きる存在としてご自分の形に似せて創造なさった時、彼らに対する神の御心は彼らが一つも罪を犯すことがないようにというものでした。もし彼らも彼らの子孫も一つも罪を犯さなかったなら、彼らはこの地上で完全な状態を保ちながら、永遠に生き続けたことでしょう。しかし、彼らは一度神に背いて以来、罪によって神と離れ、“失われた者”となりました。 神は彼らの上に死の宣告を告げられました。やがて彼らは肉体的な死を経験する者となりました。しかし、この“死”によってもたらされたものはそれだけではありませんでした。

彼らの死に対する罰として、失われた罪人の死後には地獄と呼ばれる永遠の火の池が待ち受けているのです。 「それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。」(黙示録 20:14、15) 神はその火の池を反抗的で堕落した使いたちのために用意されました。(マタィ 25:41) 「それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火にはいれ。』(マタイ 25:41) あなたが主イエス・キリストを自分の救い主として受け入れるなら、神はあなたの名を天にある小羊のいのちの書に書き留めてくださいます。 そのようにして、あなたの名前がこのいのちの書に書き留められるなら、あなたは火の池に投げ込まれることはありません。ですから、他のなにものにもましてあなたが必要としているのはイエス・キリストなのです。

「天のお父様、世の救い主イエス・キリストを信じることによって私の名前が天の小羊のいのちの書に書かれることがどんなにすばらしいことか私に教えてください。 どのようにしたら天国にある永遠の住まいに入れるのかはっきり教えてください。アーメン。」誰も自分の罪の罰のため永遠に地獄に行かずに済むのです。それは神が私たちを地獄から救うために恵みの道を備えていらっしゃるからです。主イエス・キリストがその道です。彼は神によって備えられた私たちのための救いです。彼は神の御子です。 「私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。」(Tヨハネ4:14、15)

「天のお父様、今聖霊を遣わしてくださって、聖書が教えているとおり、イエス・キリストこそ神の御子でいらっしゃることを私の心に悟らせてください。私が疑ったり、動揺したりしないでその真理を信じることができますように助けてください。どうぞ私のところに来て私が正直に心からそう告白できるように助けてください。今全能の神様の助けをいただいて心から畏敬の念を込めて正直に主イエス・キリストが神の御子でいらっしゃることを告白いたします。父なる神様、御子なる神イエス・キリストの偉大な御名が崇められますように。アーメン。」

キリストは人間としてこの地上にこられましたが、完全で罪のないお方でした。 「キリストが現われたのは罪を取り除くためであったことを、あなたがたは知っています。キリストには何の罪もありません。」(Tヨハネ3:5)彼は私たちに代わって私たちの罰を受けて十字架にかかって死んでくださいました。「そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」(Tペテロ2:24)

ですから、誰も死後に地獄に行かずに済むのです。 「この方こそ、私たちの罪のための、・・私たちの罪だけでなく全世界のための、・・なだめの供え物なのです。」(Tヨハネ2:2)もちろんこの罪の中にはあなたの罪も含まれています。主イエス・キリストは世界のすべての人のために完全な永遠の救いをお持ちです。 彼はあなたの罪のために死んでくださり、あなたの救い主になりたいと心から願っていらっしゃいます。イエス・キリストにあるこの救いこそ、あなたが最も必要としているものなのです。

誰でも自分の罪を神に告白し、十字架上の完成されたあがないのわざを信じるなら、神は全能の力を用いて地獄で受けるべき罪の罰からその人を救ってくださいます。キリストはご自分を信じるすべての人を完全に救ってくださいます。 「したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」(ヘブル7:25)

「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」 (Tヨハネ1:9)立ち止まって神がこのみことばを通して私たちに与えていてくださるすばらしい約束を真剣に考えてみてください。ずっと前に私は自分の罪を神に告白し、神の赦しを体験しました。神は約束を忠実に果たしてくださり、このみことばの約束のとおり私をすべての汚れから清めてくださいました。もしあなたが神に自分の罪を告白するなら、神はあなたにも忠実を示し、同じことをしてくださいます。今、あなたの罪を神に告白しませんか。

「主なる神様、私は自分が悪いことをしてきたことを知っています。私の悪い行いをあなたが聖書の中で罪と読んでいらっしゃることを知っています。ですから、私は今心から私を造ってくださった真の神様に私の罪を告白いたします。神様の真実と正しさによってどうぞ私の罪を赦し、すべての不義から私を清めてください。どうぞ罪人の私を憐れみ、罪のために滅ぶべき私の切なる願いを聞いてください。私の祈りに耳を傾け、答えてくださったことを感謝いたします。すべての罪から私を清めてくださったことを感謝し、すべてに勝る主のすばらしい御名を賛美いたします。アーメン」

Tヨハネ1:7には神が信じる者をすべての罪から清めてくださるとはっきりと書いてあります。「しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。」主イエス・キリストは十字架にかかって全人類の罪の罰を受けてくださったとき、ご自分の血の最後の一滴までも流し尽くし、死んでくださいました。イエス・キリストの流された血はすべての罪から私たちを清める唯一の力です。

罪を犯さないように一生懸命努力しても、私たちは清くなりません。良い人になろうと努力し、善行をたくさん積んでも罪を清めることはできません。難行苦行しても私たちの罪は清まりません。宗教を信仰しても清められません。どんな宗教の指導者も私たちを罪から清めることはできません。熱心に神に仕えても、罪を清めることはできません。罪人を罪から清めることができるのは世の救い主でいらっしゃる主イエス・キリストの流された血だけです。それはキリストが神だからです。ですから、彼には罪がないのです。彼の血は清く、神聖で汚れに染まっていません。キリストの血は今まであなたが犯してきたたくさんの恐ろしい罪からあなたを全く清め、永遠に燃える地獄の火からあなたを救い出す神の力なのです。

「主なる神様、あなたが光の中におられように、私も光の中を歩むことができるとはどういうことを意味するのか教えてください。そして私がそうできるように助けてください。」信じる者をすべての罪から清めるイエス・キリストの血について教え、完全に理解することができますよう助けてください。私が真理を信じることができるように私に信仰を与えてください。十字架上で流されたイエス・キリストの血はどんな人をも罪から清めるということを完全に悟ることができるよう助けてください。あなたの偉大な力によって、今すぐ私のところに来て、悪魔と私があなたに対して築いた心の中の障壁を打ち壊してください。今神様がそれらの障壁をすべて打ち壊してくださいますよう、私が全能の神様に心を大きく開き、すべてを委ねることができますよう私を助けてください。.罪人の私は全能の神様に罪を清めていただかなければならないことを告白します。ですから、今私のところに来て、私の罪深い心に神の子羊の血を塗ってください。世の救い主、イエス・キリストの流された血で私を全く洗い清めてください。罪人の私を憐れみ、あなたの御子イエス・キリストの流された血によって私の罪をすべて清めてください。主なる神様、どうぞ私を洗い雪よりも白くしてください。愛する主よ、私のこの最も大切な祈りに耳を傾け答えてくださったことを感謝いたします。私の罪をすべて清めてくださったことを感謝いたします。イエス・キリストの流された血の偉大な力を感謝し、御名を賛美いたします。キリストの血の力が私をすべての罪から清め、キリストにある新しいいのちの中に導き入れてくれることを告白します。いと高き所に栄光が神様にありますように。ア−メン。」

キリストは私たちの代わりに十字架にかかって死んでくださってから、三日目によみがえられました。 「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと,,,」(Tコリント15:3,4)

そのすぐ後、大勢の人に見守られながら、天にお上りになりました。 「それから、イエスは、彼らをベタニヤまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして祝福しながら、彼らから離れて行かれた。彼らは、非常な喜びを抱いてエルサレムに帰り、いつも宮にいて神をほめたたえていた。」(ルカ24:50-53) 「こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。イエスが上って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」(使徒の働き1:9-11)

この主イエス・キリストは今生きていて、再び死ぬことは決してありません。彼は死に打ち勝つ偉大な力を持っておられます。 「生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。」(黙示録1:18)

このイエス・キリストはよみがえりであり、永遠のいのちです。 「イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」(ヨハネ11:25,26)

この神の御子は救われるために神を信じるすべての人に永遠のいのちをお与えになります。 「御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。」(ヨハネ3:36) 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。」(ヨハネ5:24) 「まことに,まことに,あなたがたに告げます。わたしを信じる者は永遠のいのちを持ちます。」(ヨハネ6:47)

救われた人が死ぬと、キリストが彼らを天に迎え入れ、彼らは一緒にそこで永遠に完全な生活を送ります。 「私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。 私たちはこの幕屋にあってうめき、この天から与えられる住まいを着たいと望んでいます。」(Uコリント5:1,2)

「主イエス様、今私の心に語りかけて、すべてのことを教えてください。私はあなたがあふれる恵みをもって備えてくださったこの完全な永遠の救いのことを知りたいと思います。ああ、どんなにか私はそのすべてを知りたいと切望していることでしょう!どうぞ、私に教えてください。私は切にあなたの恵みを願い求めます。アーメン。」

「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』 (ヨハネ14:6) 天国は本当にあるのです。 そこは完全な至福の場所です。 天国に入る唯一の方法は主イエス・キリストを自分の個人的な救い主として信じることです。 キリストは天国に行く唯一の道です。 それはキリストが唯一の世の救い主だからです。(Tヨハネ4:12)

「この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」 (使徒の働き4:12) ここに書かれている名とは主イエス・キリストのお名前のことです。「主なる神様、どうぞ私に天国と地獄の真実性を悟らせてください。 時々、天国や地獄があることを信じるのが難しくなります。 どうぞ、そのような不信仰の罪を赦してください。あなたの偉大な力によって、これらの場所が確かにあるということを少しも疑わないで信じることができますよう助けてください。それぞれがどんなところか私に教えてください。そして私の地上のいのちが終わった時、私がどちらかに行って、そこで永遠に生きるのだということを知ることができますように助けてください。 私が地獄を逃れ、神様の完全な天国に入るために重要な選択をしなければならないことを悟ることができますよう助けてください。自分のうちにこれらの真理を信じる信仰を作ってください。主よ。このことを教えてくださったことを感謝いたします。アーメン。」私がこれまでに引用してきた聖書のことばは最も単純明快で理解しやすいことばです。もし、あなたが聖書のことばが真実かどうか疑っているなら、次のキリストご自身のことばをよく考えてみてください。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」(ヨハネ14:6) キリストは真の神であり、決して偽ることはありません。あなたは安心してその真理のすべて、聖なる聖書を信頼することができます。 多くの人々は聖書に反対し、嘘だと非難します。しかし、だからといって聖書全体の神の永遠の真理は少しも変わりません。 話は少しさかのぼりますが、私は1952年にキリストと神のことば、聖書を信じました。 以来たくさんの月日が流れましたが、私は絶えず聖書の真理を確信しています。また、キリストが私を地獄の罪の罰から救い、私の人生の終わりに私を天国へ導き入れてくださるという確信をいよいよ強くしています。 そして日ごとに喜びが心の中で増していくのがわかります。なぜなら、全能の力ある神によって完全な救いに入れられていることを少しも疑わないからです。 あなたも私と同じように自分の救いをはっきりと確信することができます。今すぐ、神に救いの真理を教えてくださるよう願い求めてください。

「全能の神様、私が今読んでいることが真理なら、どうぞ今それを私の心の中に確信させてください。 どうぞその真理を私に悟らせてください。 あなたの聖なる聖書に書かれていることがすべて真理であることを私に悟らせてください。 私がこのようにしてサムが書いているメッセージを読んでいる時、彼が教えようとしていることを完全に理解することができますよう助けてください。アーメン。」

あなたにとって他の何よりも大切な一つのこととはイエス・キリストを信じることです。なぜなら、彼はあなたを永遠に燃える地獄の火から救い出すことのできる唯一の方だからです。 彼こそあなたに永遠のいのちを与え、あなたを完全な天国へ導き、そこに永遠に住まわせてくださる方です。

もしあなたがキリストが必用としなかったら、私はこのような注意を与えてあなたをわずらわせたりはしなかったでしょう。 また、キリストをあなたの救い主として受け入れるよう懇願することもなかったでしょう。 しかし、あなたにとってキリストは是非とも必用な方です。なぜなら、あなたのたましいの死後の行き先を決めるのを助け、希望を与えてくださる方は彼を除いてはいないからです。

「人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。自分のいのちを買い戻すために、人はいったい何を差し出すことができるでしょう。」(マルコ 8:36,37) 大勢の人々はできるだけもうけようとこの人生であくせく働いています。何がなんでも利益を得るために出世コースをひたむきに走っています。あなたもそのうちの一人ですか。 もしそうなら、神はあなたに最も大切な警告を与えようとしていらっしゃいます。もしあなたのたましいが失われ、地獄へ行ったら、あなたがこの世で得たものはすべて全く無意味になり、何の益ももたらしません。ですから、どうぞ目を覚まし、そのことを真剣に考えてください。「主なる神様、私が救いのことを真剣に考えることができますよう助けてください。 自分の状態にはっきり気づくことができますよう助けてください。 「進化論」が恐ろしい偽りの教えであり、私が動物から進化したのではないことを悟ることができますように。 私はあなたによって畏敬の念を覚えるほどすばらしい存在として、神の形に似せて造られました。体、たましい、霊を持ち、決して絶えることのない永遠の存在として造られました。 あなたの偉大な力によってキリストがマルコ8:36,37で語っておられる真理の重要性を悟ることができますように助けてください。 キリストはここで二つの最も大切な質問をしておられます。 ですからこれらの質問に対する答えを真剣に考えることが出来ますように助けてください。 これらの質問を最も大切なこととして私の心にしまっておくことができますように。 私がこれらの質問を忘れたり、脇に押しやったり、私の心から追い出すことがありませんように。 これらの質問に対して正しく正直で真実な答えをすることができますように。主よ、そうできるよう恵みを与えてくださいますよう心を込めてお祈りいたします。アーメン。」 この説教の聖書箇所はルカの福音書の10章からから取りました。今、その箇所の話をさらに詳しく見てみましょう。 「さて、彼らが旅を続けているうち、イエスがある村にはいられると、マルタという女が喜んで家にお迎えした。彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。ところが、マルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」(ルカ10:38-42)

主イエスは二人の姉妹、マルタとマリヤの家を訪問しました。 すばらしいお客様を迎えて彼女たちは大喜びだったに違いありません。 にもかかわらず、彼女たちはそれぞれ違った応対をしました。 マルタはごくありふれた仕方でお客様を大いにもてなしました。 そのようなもてなし方はごく自然だと受け止められるでしょうが、多くの人々の目には彼女の妹の取った態度は自然だとは映りませんでした。 「彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。」友よ、よく聞いてください。私はあなたにとても大切な助言をあげましょう。 主イエスの足元に座り、そのことばに耳を傾けることはこの世でできる最も大切なことの一つです。 今、彼を目で見ることはできませんが、その足元に座り、そのことばに耳を傾けるという意味は、聖なる聖書を読んでそのことばを聞き、祈りを通して彼に語りかけるという意味です。 そうすることは非常に益になることであり、できるだけ多くの時をそのようにして過ごすことは大変望ましいことです。「主イエス様、どうぞ今私のところに来てください。そしてあなたのみことば、聖なる聖書を読むことが私にとってどんなに大切かよく教えてください。 みことばを時間をかけて何度も何度も読むことができますように。 その中に隠されている多くのすばらしい真理の教えを御聖霊により頼みながら、真剣に繰り返し研究することができますように。私があなたの足元に座り、くつろぎながら何時間もあなたのみことばに耳を傾けることはどんなにすばらしい恵みであるかよく悟ることができますよう助けてください。 私がそのことを良く理解できますように。 私が他の人と話すようにあなたに語りかけたり、心にある思いを打ち明けたり、わからないことを聞いたり、助けを求めたりしながら、絶えずあなたに祈ったりすることがどんなに大切かどうぞ教えてください。 マリヤのようにあなたの足元に座り、あなたのみことばに聞き入ることができますよう助けてください。 他のクリスチャンもみんなマリヤの模範に習うことができるよう助けてください。 アーメン。」さて、マルタの動作を聖書を通してさらに詳しく見てみましょう。 「ところが、マルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず...」(40節) マルタを良く注意して見てください。私たちの生き方と似ていませんか。 私たちもこの世の多くのことにわずらい、忙しく気ぜわしく生きていませんか。 ですから、マリヤのように主の足元に座り、ゆっくりと主のみことばに聞き入るような時間がないのではありませんか。 物事の優先順位があまりにも違うのではないでしょうか。 マリヤは第一のことを第一にしていましたが、マルタはそうではありませんでした。 私たちもマリヤのようになることができますよう、神が私たちを助けてくださいますように。主なる神様、私がマリヤのようになることができますように助けてください。 私が自分の生き方を深く考え、自分のためにたくさんのことをやりすぎて悩んでいないか、主の足元に座って御声に聞き入る時間が奪われていないか、知ることができるように助けてください。 自分はマリヤよりもマルタの方に似ているのではないだろうかとよく反省してみることができますように。 そしてそのような重大な問題があるなら、それを解決し、マリヤのようになることができますよう助けてください。 そのような問題を解決する力は私のうちにはありません。 あなたの力によって私の優先順位を正しくしてください。 私は今私自身をあなたにお委ねいたします。どうぞ、私の心の中の雑念や私を悩ましているものを取り除き、マリヤのようにとっぷりとあなたの御声に聞き入るものとならせてください。I全能の神様でいらっしゃるあなたには不可能なことは何もないことを信じます。 どうぞ、あなたの力によって私の優先順位を霊的に正しくしてください。 私を邪魔し、あなたの足元に座りあなたから学ぶのを妨げるすべてのものを私から取り去ってください。 いのちはいつ失われるか分からないということを良く考えさせてください。 私が死ぬと、私が今忙しく関わっているものもすべて止まってしまします。 もし私がこれらの地上のものを私の造り主でいらっしゃる神様以上に大事にするなら、私はそのことのために取り返しのつかない損失を被り、大いに苦しむでしょう。ああ、主よ。どうぞ、事の重大さに目覚めることができますよう、私にはっきりと語りかけてください。アーメン。」

この箇所のマルタを見てください。 彼女は自分は大切なこと、必用なことをしているのだからと納得し、主に妹を非難するように頼みました。 「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」

マルタはマリヤが「怠け者だ」と言って、主に彼女を叱ってくださるように頼みました。ところが、主に叱られたのは反対にマルタだったのです。 「主は答えて言われた。『マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。』」 主が二度にわたってマルタの名前を呼ばれたことに注目してください。 主は彼女がどうしても知らなければならないことを教えるために彼女の注意を強く引こうとしておられるのです。

私も、毎日いろいろなことで忙しくしているあなたのそばに実際行って、あなたの注意を引くためにあなたの名前を二度呼びながら、あなたを脇に連れていって主の足元で休ませ、あなたを忙しくさせているそのような生き方からあなたを解放させてあげたい気持ちでいっぱいです。

「いずみ、いずみ...」

「まさたか、まさたか...」

「ゆみ子、ゆみ子...」

「ゆうじ、ゆうじ...」

そしてあなたにこう言いたいと思います。「あなたは毎日いろいろな仕事や遊びで忙しすぎて、過労のため死んでしまうでしょう。 しかしあなたには大切なことが一つあります。 それは主イエス・キリストを信じ、彼と交わることです。 もし、あなたが彼をあなたの救い主として信じ受け入れないなら、残忍な死の使いがやってきて、あなたがこれまで楽しみ、得てきたものを永遠に奪い取ってしまうでしょう。」そのことを伝えたいと願っているのは私だけではありません。 今、もしあなたが心を開くなら、あなたを造られた神も同じことをあなたに語ろうとしていらっしゃいます。

主なる神様、あなたのみことばをとおして私に語ってくださることをよく聞くことができますように助けてください。私の落ち着かない心とたましいを静め、忙しすぎる生活から離れ、主の足元で静かにくつろぐことができますように助けてください。あなたの静かな小さい御声を聞くことができますように助けてください。私が人生で何をすべきかどうぞ教えてください。主から学び、私の人生に対する主の御心を知るために優先順位を正しくし、あなたの聖なる聖書を毎日たくさん読むことができますように。絶えず神様に祈ることができますように。 私にとって最も大切な一つのこととは何か、少しの疑いもなくはっきりと悟ることができますように。 イエス様と私の関係のすべてを教えてください。 イエス様がどのように私を造ってくださったか、私の救い主になり、私に最高の人生を与えることをどんなに待ち望んでいらっしゃたか、そのすべてを知ることができますよう助けてください。 どうして私にとって最も大切なことな一つのことはイエス様を知り、イエス様と交わることなのか、どうぞ教えてください。ア−メン。」「恵みと愛に富んでいらっしゃる天のお父様、御子イエス様を救い主としてこの世に遣わしてくださったことを感謝いたします。 あなたがお造りになったすべての人にとって主イエス・キリストは最も大切なお方だということを私は知っております。 私はあなたのお力をいただいてこのメッセージを通して真理をできる限りはっきり説明しようと試みました。 あなたは私にこのメッセージを伝える奉仕を授けてくださいました。ですから私は自分のすべてを尽くしてあなたの奉仕に励んでおります。 主よ、祝福をさらに増し加えてください。 どうぞ、大勢の人がこのメッセージに触れることができますように。 そして読む人すべての上に聖霊の力が望み、悟りを与えてくださいますように。すべての人が人生で最も大切な一つのこととは主イエス・キリストを知ることだということを悟るには、全能の神様のお力が必用です。 私のうちにはそのような力はありませんが、そのような力をお持ちなのはあなただけだということを知っております。 私はあなたのお力によってこの務めをさせていただいております。 ですから、今、御前にへりくだり、嘆願いたします。どうぞ、尊い読者お一人お一人の上にあなたの偉大な力を注ぎ、彼らがあなたの力に全く抵抗できなくなるほどに悟りと罪に対する自覚を与えてください。 私の心からのこの祈りに耳を傾け、聞き届けてくださったことを感謝いたします。 いと高きところに神様に御栄光がありますように。アーメン。」

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神が主イエスこそ最も必用なお方だということを今あなたに悟らせてくださるように、私はあなたのために熱心に祈っています。 あなたがこの人生で彼を拒むなら、地獄で永遠を過ごさなければならないということに心から気づくことができますように。 そして、神があなたの心に働いてくださって、イエス・キリストをあなたの個人的な救い主として信じ受け入れたいという願いを起こさせてくださいますように祈っています。 もしあなたがキリストを必要としているなら、どのようにして彼を心に迎え入れるかを知らなければなりません。 神は誰でも簡単にそれができるようにその方法を備えてくださっています。「マリヤはその良いほうを選んだのです。」 誰でも自分の自由意志でイエス・キリストをその人生にお迎えすることを選ぶことができます。

私たちは誰でも習慣的にいろいろな選択をしています。「選ぶ」ということは毎日いろいろな選択をしていますから、新しいことではありません。それに、キリストにあなたの救い主になってくださいとお願いすることを選ぶことは簡単なことです。

あなたはキリストはあなたを罪から救うことができると信じ、彼を信頼する決心をすることができます。あなたは今までずっと、多くの人々を信頼する道を選んできたことでしょう。いろいろな機会に両親や兄弟姉妹を信頼する道を選んできたでしょう。 私たちは人生のいろいろな機会に先生や友達や医者や政治家や宗教家を選んで信頼してきたでしょう。救われるために、私たちは他の人々を選び信頼するように、誰よりもイエス・キリストを選び信頼しなければなりません。

「主イエス様、あなたを私の個人的な救い主として信じることは全然むずかしくないということを私に教えてください。そして私があなたを選んでそうすることができますように私にそのような願いを与えてください。アーメン。」

「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」 (黙示録3:20)これはあなたに語りかけておられるキリストのことばです。 彼はあなたが彼を選び、信頼するようにと切に願っておられます。けれども無理やり決心を押し付けることはなさいません。彼は今あなたの心の扉の外に立ち、あなたの心をノックしておられます。あなたが彼に対して心を開くかどうかは全くあなたの自由です。彼に対して心を開くというあなたの人生で最も大切で、意義深い決断をいますぐしませんか。

「主イエス様、今あなたは私の心の扉の外に立ち私の心をノックしていらっしゃるのですか。もし、そうでしたら、そのことが確かだということを知りたいと思います。どうぞ、私にあなたが私の心をノックしていてくださるその音を聞かせてください。その音が聞こえるようにもっと強くノックしてください。あなたの声をはっきり聞き取ることができますう助けてください。あなたに対して私の心の扉を開くことができますように私に決断力を与えてください。あなたの無限の力によって、私の心をあなたに対して開こうとするのを妨げている肉の力と、罪の力と、悪魔の力に打ち勝つ力を今私に与えてください。全能の神様の助けによって、私は今、キリスト、世の救い主、神の御子、唯一の生ける真の神、主イエス様に対して心の扉を開く決心をいたします。今私の心のすべてをあなたにおささげしますから、私の心の中に入り、住んでください。主イエス様、あなたを選び、私の心にお迎えすることができましたことを感謝いたします。アーメン。」

キリストを心にお迎えしキリストと共に生きることは私たちの人生で最も大切なことであり、すばらしいことです。私たちは生涯の中でたくさんの決断をしますが、その決断はおもに二つの理由によるものです。 (1) 必要に迫られて決断する場合 あるいは、(2) そうしたいから決断する場合 (私たちは人生で選択できない事柄に関しては我慢します。しかし自分の自由意志で選択できるものは基本的にこれら二つの理由のどちらかによって選択します。

私がキリストを自分の主として選んだおもな理由は心から彼を必要としていたからです。私はこの人生の後、地獄には行きたくはありません。地獄から救われるためにキリストを必要としていたのです。ですから信じました。そしてキリストがお約束のとおり私を救ってくださったことを心から感謝しています。

キリストについて学べば学ぶほどさらに深く彼について知ることができます。私はキリストのことをもっともっと知りたいと願っています。どうしてか分かりますか。 「マリヤはその良いほうを選んだのです。」 主イエス・キリストは善にして善なるお方です。聖なる正しい神です。そして恵みと愛に富み、憐れみ深いお方です。キリストに比べられるすばらしいものはこの世にはありません

キリストには罪が一つもありません。彼は一度も誰に対しても不正をしたことがありません。 「この方のなさったことは、みなすばらしい。」 (マルコ 7:37) ですから、彼はこう言いました。「彼らは理由なしにわたしを憎んだ。」(ヨハネ15:25) 彼は完全な愛であなたを愛しています。ですからあなたには彼を拒む理由は何もないのです。あなたにとって最も大切なことはキリストを選ぶことです。また、あなたの人生で最もすばらしい祝福はキリストを選ぶことです。キリストを選ぶことは全能の神によって地獄の永遠の火から救われることを選ぶことです。キリストを選ぶことは神の完全な天国で決して終わることのない祝福に満ちたいのちを選ぶことを意味します。キリストを選ぶことはあなたがこの地上にいる間に最もすばらしく、満ち足りた人生を送ることを選ぶことを意味します。ぜひ、何をするにしても最も大切で、最もすばらしいこの方、世の救い主でいらっしゃる主イエス・キリストを選ぶという決心をしてください。

は恵みの時、は救いの日です。」 (Tコリント6:2) あなたには明日も生きるという保証はありません。今から一時間後に、いいえ、一分後にすら生きているという保証はありません。確かに、はあなたにとって最も大切なことを選ぶ唯一の時です。私が以下に書いた祈りを今あなたの心の願いとして神に祈り、キリストを選んでください。

「天のお父様、私は今神と人との前で先ほどの祈りを心を込めておささげし、心を開いてキリストを私の人生の主とし救い主としてお迎えする決心をしたことを誓います。私は今神とそのみ使いと悪魔とその悪霊とすべての救われた人とまだ救われていない人の前で、今日この日、 日、私の自由意志と確かな決意をもって私にとってもっとも大切な方である世の救い主、主イエス・キリストを選び信じたことを証しいたします。 私は今までいろいろな決断をしてきましたが、この決断に勝るすばらしい、喜びに満ちたものはありませんでした。 私の救い主、私の主、私の神、私のすべてとなってくださった主のすばらしい御名を賛美いたします。アーメン。」

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「しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。 (ルカ10:42)

主イエス・キリストは彼を選んだすべての人のためにたくさんのすばらしい約束をしていてくださいます。私はこの箇所の約束を大変喜んでいます。私たちが良いほう、つまりイエス・キリストを選ぶなら、それは私たちから取り上げられることはありません。あなたがいつもイエス・キリストを選ぶなら、誰もあなたから彼を奪い去る者はありません。また誰も彼からあなたを奪い去る者もありません。その真理のゆえに神を賛美します。

「わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。わたしと父とは一つです。」 (ヨハネ10:28-30)

これらの二つの尊い聖書のことばを丸ごと信じてください。それらを暗記してください。そしてそれらを何度も黙想してみてください。あなたはイエス・キリストを選んだのですから、あなたのものとなったこれらのすばらしい約束を喜んでください。あなたが彼を選んだ時、あなたに永遠のいのちを与えてくださいました。彼はあなたは決して滅びることがないと約束していてくださいます。ですから、あなたは絶対滅びないのです。彼は誰も彼の御手からあなたを奪い去ることはない、誰も彼の父の御手からあなたを奪い去る者はいないと約束していてくださっています。そのことは、あなたが一度キリストをあなたの救い主として選ぶなら、悪魔も悪霊も、その他どんな者も神の御手からあなたを奪い去る者はいないという意味なのです。ですから、神があなたのためにしてくださったこのすばらしいことを喜びましょう。

主イエス様、私はあなたを私の救い主として選びました。私に永遠のいのちというすばらしい賜物を与えてくださったことを心から感謝いたします。私が決して滅びることがないというお約束を感謝します。そのお約束が神様の永遠の真理であることを知り、告白いたします。誰も私を主イエス・キリストの御手から、また父なる神の御手から奪い去ることげできないということを知り、感謝います。ヨハネの福音書10章にある確信を私に与えてくださったことを感謝いたします。私のためにこのような偉大なことをなしてくださった神様の偉大な御名を賛美いたします。ア−メン。」

「主ご自身がこう言われるのです。『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。』」 (ヘブル13:5)

この約束はキリストを自分の救い主として選んだすべての人に対するもう一つのすばらしい約束です。彼は決してあなたを離れず、あなたを捨てないと約束しておられます。彼は決して約束を破るお方ではありません。ですからこの約束を信じてください。彼は兄弟よりも親密なあなたの友です。(箴言18:24) 今あなたはキリストを選んだのですから、彼はあなたにとって他の誰よりも親密な方なのです。また、あなたが助けを必要としているとき、それがどんな助けであれ、彼はいつでもあなたを助ける力をお持ちです。 彼は全き真実をもって、あなたを離れず、あなたを捨てないと約束していてくださるのです。 あなたは「良いほう」を選びましたが、その「良いこと」とはまさにこのことなのです。 この最も大切で、最も良いことを選んだあなたは何と祝福されているでしょう。

「主イエス様、あなたが決して私を離れず、決して私を捨てないと約束してくださったことを感謝いたします。このあなたのすばらしいお約束を堅く信じることができますよう、私を助けてください。あなたが私の兄弟よりも親密な友となっていてくださることを感謝いたします。 どうぞ、このすばらしい真理とあなたがいつも私と共にいてくださることをいつも覚えていることが来ますよう助けてください。 自分よりも、また他の誰よりもあなたにより頼むことができますよう私を助けてください。 いつも私のそばにいて私と交わり、私を慰め、助けてくださることを心から感謝いたします。アーメン。」

「こういうわけで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去って行き、もはやイエスとともに歩かなかった。そこで、イエスは十二弟子に言われた。「まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう。」すると、シモン・ペテロが答えた。「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。」(ヨハネ6:66-69)

弟子たちが彼らの主であり、師でいらっしゃる方から離れ去り、もうともに歩むのをやめてしまったとは、何と悲しい出来事でしょう。 あなたがイエスのもとを離れ、イエスと共に歩むのをやめてしまうなら、それはあなたにとって最も悲しいことです。 あなたが最も必要としているものを得ることができるのはイエスをとおしてでなければできないことをはっきりと知ってください。 永遠のいのちのことばを持っている方は主イエス・キリストだけだということを確信してください。 イエスだけが本当の救い主であり、生ける神の子であるということを心から信じてください。 どうぞ、決して決して彼から離れ、彼と共に歩むのをやめてしまうことがないようにしてください。

「主イエス様、どうか私が私の主でいらっしゃり、師でいらっしゃり、神でいらっしゃるあなたにいつもすがっていることができるよう助けてください。私が決してあなたに背を向けることがないように助けてください。あなたを決して裏切ることがないように私を助けてください。あなたから離れ去り、あなたと共に歩むことをやめてしまうことがないように、私を助けてください。主よ、どうぞ、私が決してあなたを離れず、あなたを捨てることのないよう助けてください。あなたは私がどんなに弱い者かよくご存知です。ですから、あなたの偉大な御力によって私を慈しみ深いあなたの御胸に抱き寄せ、私があなたのもとから迷いでないようにしてください。私は永遠のいのちのことばを持っていらっしゃるのはあなただけだということを知っております。あなたこそ生ける神の子、キリストです。また、私を地獄から救い、天国に導き入れてくださることのできるお方はあなた以外いません。あなたこそ私にとって最も大切なお方です。ですから、どうぞ御力によって私をみそばに引き寄せてください。私がいつも信仰を持ってあなたに従い、寄りすがることができますよう助けてください。私の尊いお方、主よ、私はあなたを愛します。アーメン。」

あなたがキリストをあなたの救い主として選び、あなたの心を彼に対して開いたとき、聖霊なる神があなたと共に住むためにあなたの心に来て住んでくださいました。 「神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。」(コロサイ1:27) あなたが神の御子を選ぶという良い選択をしたので、今あなたの心の中に神の御子が住んでいらっしゃいます。ですから、今あなたが抱いているこのすばらしい栄光の望みを信じてください。この栄光はあまりにもすばらしいので、今のこの世ではそのすべてを知り尽くすことはできません。ですから、あなたがキリストを選んだ時に与えられたこのすばらしい栄光の富をあなたの心に示してくださるよう神に願い求めてください。

「天のお父様、今私の心の中に住んでいてくださるイエス様について私が知らなければならないことすべてを私に教えてください。このすばらしい栄光の望みのすべてを私に示してください。この栄光の富がどんなにすばらしいものか理解する力を与えてください。私の中に住んでいてくださる主イエス様、御名を賛美いたします。あなたが私に与えてくださったこのすばらしい栄光の望みのゆえに御名を賛美いたします。それはすべての富の中で最もすばらしい富です。この地上の人がすべてそれを持つことができたらどんなにすばらしいことでしょう。このメッセージを読んでいる人々がイエス様を救い主として選ぶことができますようお一人お一人を祝福してください。ア−メン。」

あなたがキリストをあなたの救い主として受け入れる決心をした瞬間、彼はあなたが死後地獄で受けなければならない罪の罰からあなたを救ってくださいました。キリストは今あなたの心の中に住んでいてくださって、あなたがこの世に住んでいる間あなたを罪の力から守ってくださいます。あなたはキリストが日々あなたに罪と悪に打ち勝つ力を与えてくださるよう自分自身を彼にゆだねなければなりません。あなたは毎日聖書を読み、みことばをよく調べなければなりません。罪に打ち勝つ勝利の生活を送ることができるよう神が教えてくださったことを実践しなければなりません。毎日神に助けを求め、罪に打ち勝つ勝利の力を与えてくださるよう祈らなければなりません。そうするなら、私たちのこの地上の生涯が終わった時、キリストはまとわりつく罪から私たちを救ってくださいます。そして私たちの体を朽ちない、完全なものと変えてくださり、罪の全くない天の御国へと私たちを導き入れてくださいます。あなたが選んだ良いほうとはまさにこのことです。そのよいほうとはすべての点でよく、あなたが助けを必要とする時、ありとあらゆる方法であなたを助ける万能の力が備えられているです。

主イエス・キリストはあなたがもっとも必要とするお方です。また、彼こそあなたにとって最善のお方です。ですから、彼は他の何物にもましてあなたが持ちたいと望むお方です。あなたは彼をあなたの人生の中で第一とすべきお方です。心を尽くして愛すべきお方です。あなたは聖書のすべてのことばに従うべきです。彼が導いてくださるところならでこへでも従って行くべきです。あなたが知っているすべてのことの中で彼こそ最も尊いお方であるべきです。あなたにとってキリストがすべてとなられるよう私は心からあなたのために祈ります。

「主イエス様、私が他の何よりもあなたを慕い求め、あなたを愛することができますよう助けてください。主よ、私があなたを信じた時、私を永遠の滅び、地獄から救ってくださったことを感謝いたします。私が毎日神様に祈ったり、聖書を勉強したりすることができるよう助けてください。また、毎日罪の力から救われるために自分自身を全くあなたにおゆだねできるよう助けてください。私の地上の生活が終わった時、罪の性質が全くなく、不完全さや罪のない、完全で朽ちない状態に私を造り変えてくださることを感謝いたします。死後に私を全く罪のない天国に迎え入れてくださり、あなたと共に永遠に完全な生活を送ることができますことを感謝いたします。私のためにすでになしてくださったすべての恵みのゆえに御名を賛美いたします。私がこの世にいる間、あなたはいつも私と共にいてくださり、私が生きている限り私に良いことだけをしてくださることを覚え、御名を賛美いたします。死後、私があなたと共に永遠に生きることができるよう、私のために完全な天国に住まいを備えていてくださることを感謝いたします。主イエス様、あなたは私にとって最もすばらしいお方です。ですから、私はあなたを愛しています。

天のお父様、私がイエス様を必要としているように、私の周りにいる人もすべて主イエス・キリストを必要としています。まだキリストを受け入れていない人はみんな地獄の苦しみに向かって歩んでいます。どうぞ、そのことについて私が心を痛め、失われた魂に対して大きな重荷を負う者としてください。今私は私の周りにいる大勢の魂のために祈ります。私は彼らの魂が滅びることのないよう気遣っています。主なる神よ、どうぞ彼らを憐れみ、救ってください。

彼らがどんなに主イエス・キリストを必要としているか、私が彼らに伝えることができるように私に勇気を与えてください。彼らがもっとも必要としているのは全人類の救い主を知ることだということを彼らが知ることができますように。そのために彼らの心に力と憐れみを持って語りかけることができるよう、私にことばを与えてください。どうぞ私がキリストのことを伝える時、臆病になったり、恥ずかしがったり、恐れたりしないよう私を助けてください。あなたをそしる人々の顔を恐れることがないよう私にライオンのような大胆さを与えてください。今すぐ始められるのはサム兄弟のこのメッセージを人々に読んでもらうことです。ですから、どうぞ私が誰にでもこのメッセージを読むように勧めることができますよう助けてください。

天のお父様、私はサムのために祈ります。彼があなたのみことばをのべ伝える時、あなたの偉大な力によって彼を聖別してください。彼が失われたこの世界にこのようなすばらしいメッセージを語ることができますように彼にもっとたくさんのメッセージを与えてください。日本であなたに仕えている彼のために戦ってください。日本は敵である悪魔が激しく攻撃していますから。毎日彼に勝利を与えてください。そして多くの失われた日本人を世の救い主に導くことができますよう助けてください。

どうぞ、私を多くの失われた人々の魂をキリストに導く救霊者として大いに用いてください。私が人生でするすべてのことを通してあなたに大いなる栄光を帰することができますよう助けてください。御前にへりくだり、私の主であり救い主でいらっしゃるイエス・キリストの尊い御名によってお祈りいたします。アーメン。アーメン。」

(「どうしても必用な一つのこと」終わり/主がこのメッセージをご自身の栄光のために、また私たちの益のために豊かに用いてくださいますように。)